自民党の総裁選が行われた2018年9月、立候補者の有力候補として名前が挙がっていた岸田文雄政調会長が、出馬を見送ることを明らかにしました。

今回、総裁選で当選した安倍晋三総理はもちろんのこと、世間や岸田文雄政調会長の周囲の人物まで、岸田文雄政調会長の出馬見送りには驚きを隠せない様子でした。

安倍晋三総理と台頭するもっとも有力で期待値も高かった岸田文雄政調会長は、なぜ自民党総裁選へと出馬を取りやめたのでしょうか?

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ここでは、岸田文雄政調会長が自民党総裁選に立候補しなかった理由を考察を中心に、岸田文雄政調会長の政治活動の詳細やほかの政治家たちとの関係性なども詳しく掘り下げていきたいと思います。

岸田文雄政調会長のことを次期総理大臣として期待していた方や、次の総裁選への出馬を心待ちにしている方は、ぜひ続きをご覧ください。

岸田文雄が安倍晋三総理から『変わった政治家』と言われた理由とは?

2018年9月。

自民党総裁選を控え、候補者たちは慌ただしく都内から地方まで足を運んでいました。

もちろん、出馬が濃厚だといわれていた岸田文雄政調会長もその1人。

6月には、大坂維新の会と仲良くしている現職の安倍晋三総理に対して不信感が強いとされる大阪府連のある大阪市でも講演会を開きました。

しかし、週刊文春によるとこの講演会が大阪府連の期待外れのものになったといいます。

というのも、語られた内容の約半分は新聞で報じられていることばかり。

講演を聞いていた府連幹部からは『普通のいい人だが、リーダーシップには欠ける』との感想があがったといいます。

もっとも得票を期待できるとされていた大阪府連から期待はずれともいわれる評価をされた岸田文雄政調会長は当然、肩を落としたでしょう。

さらに、大阪府の講演会から1週間経った6月18日、安倍晋三総理は岸田文雄政調会長のことを食事に誘ったといいます。

理由はなんといっても【自民党総裁選について】でしょう。

岸田文雄政調会長は出馬をするのか、もしくは安倍晋三総理の3選を支持し後押しをするのか…

安倍晋三総理がこの時知りたかったことは、岸田文雄政調会長が敵になるのか味方になるのかということでしょうね。

しかし、この安倍晋三総理との会食でも岸田文雄政調会長は敵意をむき出しにすることも、ゴマをすって味方につくこともなく『自派閥には主戦論が結構多くて…』と、自らの現状の説明や悩みとも取れるような話ばかりをしていたといいます。

大阪府での講演会を聞いていた人からあがった『リーダーシップに欠ける』という言葉の意味が少しわかる気がしますね。

決めるべきところ、言うべきところでしっかりとすることができる人こそが、多くの人々の上に立つリーダーとして活躍することができます。

ですが、岸田文雄政調会長の場合はこの時の安倍晋三総理との会食を『互いの次の一手を読むこと』ではなく『普通の食事会』のような意味合いで捉えているように感じられますね。

これには身構えていた安倍晋三総理も拍子抜けしたのでしょう。

会食後、安倍晋三総理は周囲に『(岸田文雄政調会長は)本当に変わった政治家だね』と漏らしていたといいます。

この言葉はいつまでも総裁選に対して煮え切らない態度を取っていた当時の岸田文雄政調会長に対する皮肉でしょうね。
もちろん岸田文雄政調会長には、いろいろなお考えがあってこのように接しました。

その内容については後ほど説明させていただきます。

結局、岸田文雄政調会長は総裁選には出馬しなかったですので、安倍晋三総理が気にする必要はなかったわけですが、今後、同じ自民党として活動していくにあたっては接し方が変わってくる可能性もありますね。

岸田文雄はなぜ自民党総裁選に出馬しなかったの?記者会見で語られた言葉の意味とは?石破茂への対応は?

岸田文雄政調会長がなぜここまで有力候補とされていながら自民党総裁選に出馬しなかったのかということは、誰もが感じている疑問ですよね。

岸田文雄政調会長なら、現職の安倍晋三総理とも台頭することができた立候補者だったはずです。

さらに、岸田文雄政調会長の周囲の人物ですら、出馬しないという事実に驚いているくらいですから直前まで立候補する可能性はあったと受け止められていたんだと思います。

では、なぜ岸田文雄政調会長は総裁選に立候補しなかったのでしょうか?

7月に入り、岸田文雄政調会長は主戦論を唱える政治家たちと意見交換会を開きました。

その際に岸田文雄政調会長は、『自分が立候補することでみんな(岸田派の政治家)が干されたら申し訳ない。それでも出馬していいのか?』との旨の発言を繰り返ししていたといいます。

たしかに、現職の安倍晋三総理と台頭する形になるわけですから、岸田文雄政調会長がもし出馬して落選した場合に、岸田派の政治家たちが安倍派の政治家たちから受け入れられることは難しくなる可能性もあるでしょう。

ですが、そんなことを言っていては誰も立候補することはできませんよね。

選挙自体も成り立たなくなってしまいます。

また、意見交換会に出席した議員は、「岸田文雄政調会長から『それでもいいのか?』と聞かれたら否定することはできない」と語りました。

まぁ…そうでしょうね。

「私は(岸田文雄政調会長が落選して)干されたくないので出馬して欲しくありません」なんて言える若手はいないでしょう。

当然、周囲は『それでもいい』といって後押しをしたわけですが、総裁選についての調査は各種雑誌や新聞などでも度々取り上げられていました。

その結果はやはり現職の安倍晋三総理が優勢。

岸田文雄政調会長に勝算があるとは言えない状態でした。

かといって、安倍晋三総理が引退を表明した後に出馬を…といっても、後にはあの大物衆議院議員の小泉進次郎氏が待ち構えています。

それこそ勝算はなかったと受け止めたのでしょう。

だからこそ、岸田文雄政調会長は立候補をギリギリまで迷っていたのですね。

出馬を断念することを発表した記者会見で岸田文雄政調会長は『安倍晋三総理を中心に政治課題に取り組むことが適切』と語りました。

岸田文雄政調会長は安倍晋三総理側につくことを決意したわけですが、これはおそらく岸田派の政治家たちが干されてしまうことを懸念してのコメントだったのではないでしょうか?

もちろん、岸田文雄政調会長自身が石破茂元幹事長の政策よりも安倍晋三総理の政策についていきたいと考えていた可能性もあります。

ですが、出馬を迷っている時の意見交換会で『干されてもいいのか?』と周囲に聞いていたことなどを踏まえると、やはり岸田派の政治家の身を案じての対処だったように感じます。

出馬に対して煮え切らない態度を取っていた岸田文雄政調会長に対して、石破茂元幹事長は『出馬することになったらよろしく』とコメントしたといいます。

この言葉を岸田文雄政調会長は事情が事情だけに石破茂元幹事長からの嫌味と捉えられた可能性もありますね。

このこともあり、岸田文雄政調会長は安倍晋三総理側に付くことを決めたのかもしれませんね。

岸田文雄も参加していた赤坂自民亭での飲み会の内容とは?西日本豪雨災害の可能性がありながら飲み会を決行した理由は?

西日本豪雨災害があったのは2018年7月のこと。

死者、行方不明も多く出る豪雨被害としては過去最悪の災害だとも言われるほどの大雨でした。

そんな中、問題になったのは自民党議員たちの赤坂自民亭での酒盛り。

この飲み会には安倍晋三総理や小野寺五典氏、上川陽子氏、もちろん岸田文雄政調会長も参加していました。

日本の政治の主要人物の多くが参加していたこの飲み会では、まだ国会も終わっていないにもかかわらず、安倍晋三総理が語った内容は9月に行われる総裁選の話が多かったようです。

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政治家同士の飲み会というのは、お互いの手札を探るようなものなのでしょうね。

そう考えると、飲み会も政治政策を考えるためには欠かせない事柄だと言えないこともないですが…

このとき、災害とまではなっていませんでしたが、西日本では豪雨の警報が出ており近々災害に発展するほどの大雨であることは誰の目にも明らかでした。

そんな中でも飲み会を決行した理由は、ひとえにそこまでの危機感がなかったからでしょう。

なんといっても赤坂自民亭は東京にありますからね。

また、同じ自民党の政治家とはいえこれほどの大物政治家たちを集めることはかなり難しく貴重な時間だったのでしょう。

おそらくこの飲み会に出席する誰もが西日本豪雨災害の可能性を示唆しながらも、『もし何かあったらその時に動けばいい』と思っていたと考えられます。

安倍晋三総理は、災害の危険性も考えて一次会だけで私邸に戻ったといいますが、岸田文雄政調会長や竹下亘氏らは二次会に行ったといいます。

この問題が明るみになったのはなんと、西村官房副長官のツイッターだといいます。

出席者自らが災害直前の酒盛りをツイッターに投稿してしまったとなると、隠すことも擁護を求めることもできませんよね。

ツイッターにあげられた写真での出席者が楽しそうにポーズをとる姿がまた反感を呼んでしまっているわけです。

バレなければいいというわけではありませんが、さすがにこればかりはツイッターに楽しげに載せるものではありませんでしたね。

岸田文雄が保守分裂の山梨や福井で弟子の応援?フライデーで報じられた山口組元幹部との親密写真の真相は?

自民党総裁選に立候補しなかった岸田文雄政調会長ですが、直前まで地方周りをしていたことを踏まえるとやはりギリギリまで迷っていたようですね。

岸田文雄政調会長は9月の総裁選に向けて、地方票の獲得に動きました。

とはいえ、石破茂元幹事長は知名度が高いこともあり割と地方からの人気が高く、石破茂元幹事長や現職の安倍晋三総理を支持する地域をかいくぐっての票集めにはかなり苦労したようですね。

そんな中で見つけた地域が山梨県や福井県。

全国ではあまり知られていない誇るべき産業や工業が盛んに行われる地域ですね。

ここで、岸田文雄政調会長は岸田派として活躍してくれる地元議員たちを後押しするために、自らが伝統ある老舗などを視察したり県連女性局の会合に出席したりしたといいます。

とにかく岸田文雄政調会長が安倍晋三総理や石破茂元幹事長と対等に戦えるためには、知名度を上げる必要がありますからね。

自分の他にも積極的に【岸田文雄時期総理大臣候補】をアピールしてくれる弟子が欲しかったのでしょう。

地方議員の活動を後押しするような活動をすることで、議員たちも地方活動中に岸田文雄政調会長の名前を広めてくれることにつながりますからね。

そんな地方周りに忙しくしていた岸田文雄政調会長ですが、半年ほど前にフライデーにて山口組元幹部との親密と思われるような写真が撮られていました。

記事では、岸田文雄政調会長と山口組元幹部が笑顔でガッチリと握手を交わす一幕が大きく写真で取り上げられています。

過去には、安倍晋三総理が山口組幹部を事務所に招き入れたということも大きく報じられていました。

岸田文雄政調会長の写真はたしかにはっきりと撮られていますが、偉くなればそういった方と社交辞令でも話をしないというわけにはいかないのかもしれないですし、岸田文雄政調会長の真面目さからそういった方と関係があるとはとても思えません。

岸田文雄の実績と業績は?実際のところ有能なの?無能なの?調整会長としての活躍ぶりと世間からすごいと称賛される理由を徹底追及!

岸田文雄政調会長は、父親で衆議院議員だったある岸田文武氏の秘書を務めるところから、政治に関わる人生が始まりました。

その頃、平成5年に衆議院議員初当選を果たすと、その後は2018年時点で8回連続で当選をし続けています。

そして、平成9年に自民党青年局青年局長という役職を与えられてからは着々と実績を積み、文部科学副大臣、衆議院厚生労働委員長となり、ついに内閣府特命担当大臣としてトップに立ちました。

その後は平成24年から平成28年まで外務大臣を務め、平成29年には稲田元防衛大臣の辞任に伴って内閣改造までの1週間、外務大臣と防衛大臣を兼務することになりました。

さらには29年8月の内閣改造にて、かねてから希望を出していた党三役ポストの自由民主党政調会長に任命をされました。

岸田文雄政調会長は改正消費者保護基本法(消費者基本法)成立に一役を担い、その後も公益通報者保護法の制定や消費者団体訴訟制度の設立など、関連する法案に携わり日本の消費者基本法の改善に尽力を果たしました。

他にも私たちの身近に感じられる法案の改正としては、映画の盗撮の防止に関する法律(映画盗撮防止法)成立が挙げられます。

いつの日からか、映画館では最初に『映画の盗撮禁止』のテロップとともに盗撮は犯罪であることを説明される映像が流れることが当たり前になったと感じている人も多いですよね。

これは、岸田文雄政調会長らが中心となって立案した法律で、インターネットや動画サイトが主流になっている現代に合わせた法案ですね。

これらの法律の改正などによって、人々の生活や著作権は守られるようになってきました。

今、私たちが当たり前のように生活することができているのは、岸田文雄政調会長や周囲の政治家たちが尽力して法案の成立を成し遂げてくれたおかげなのですね。

やはり岸田文雄政調会長は有能な方です。

世間からも、国民の要望に沿った改正案を出してくれることが評価されていますね。

無能とささやかれてしまう理由は、総裁選に出馬することに煮え切らなかったあの一瞬でしょう。

後押ししてくれる政治家たちや国民の期待とは裏腹に行動に移さない岸田文雄政調会長の態度を見た人が『大切なところで行動に出ないなんて無能だ』と捉えてしまったのでしょう。

ですが、岸田文雄政調会長が総裁選に立候補しなかったのは、一番身近にいた側近たちの身を案じてのことだったと考えられています。

岸田文雄政調会長は決して無能な政治家ではありません。

世間からの評価の通り、トップに立つ人間ではないかもしれませんが、身近な人材を大切にできる岸田文雄政調会長は、きっと国民のことも大切に考えてくれていることでしょう。

まとめ

いかがでしたか?

ここで、岸田文雄政調会長が総裁選に立候補しなかった理由を始め、実績や評判なども簡単にまとめていきたいと思います。

・岸田文雄政調会長は9月の総裁選ギリギリまで立候補するか迷っていた。落選することで岸田派の若手が干されるのを懸念しての出馬断念だったと考えられている。

・大阪府連からは、『岸田文雄政調会長はトップに立てる人間ではない。リーダシップがない』と言われているが、身内を大切に思うことができる立派な政治家であることに変わりはない。

・岸田文雄政調会長は西日本豪雨災害の前日に行われていた赤坂自民亭での飲み会に参加していた。二次会にも参加していたことで総裁選前に大きなバッシングをうけていた。

・岸田文雄政調会長は国民の要望に沿った法案をいくつも成立させてきている。総裁選出馬に煮え切らない態度を取っていたことから無能だと言われてしまうこともあったが、基本的には有能で期待値も高い政治家である。

以上になります。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。

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FUJIWARAWARA

姉妹ママライターです。 芸能記事などを主婦目線で考察しながら書いています。 趣味はキャラ弁作りや手芸など、子供関連のものが多いです。 タイムリーな情報を発信できるように情報収集を心がけていきます。 よろしくお願いします!